やなのうなぎ 観光荘(うなぎ料理店) 長野県岡谷市
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やなのお話し
やなの歴史
このヤナ場は、今から約三百年前の江戸時代に諏訪藩の経済政策の一環として始まったもので、諏訪湖から魚類が他領へ流出するのを防ぐための藩主御林の唐沢山から木材・そだ・ふじづる、を無償で払い下げるなど特別の保護策をとりました。

このように各種の特典を与えられていたことは、漁獲量が多いだけでなく栄養価の最も高いうなぎの漁獲が目的で、調理は古来から蒲焼きとするのが普通ですが、自給自足の経済であった当時、保存食としてうなぎ鮨がつくられ、最盛期には年間千匹ものうなぎが献上されたと御用部屋日記記録されています。

ヤナの形式は本流を完全にせきとめる”全瀬締切”で駒沢やな組合のやな師たちによって受けつがれてきた日本で唯一の常設やな場も、諏訪湖治水事業に伴う護岸工事のため昭和49年9月、惜しまれながら姿を消しました。

幸い、この番小屋は関係者の努力で取り壊しをまぬがれた。この由緒ある名所を後世に残し、末永く伝えるために原形を保存する事としたのです。





やなの春夏秋冬
観光荘は、かつて300年以上の歴史を持ったやな場の最終代梁師として、先代が50年程前に店を築きました。今は亡き先代が、やな場で働く姿をお写真でご紹介したいと思います(昭和48年撮影)。
やなの歴史のご紹介と併せ、先代達が築き上げた観光荘の歴史を少しでもお解り頂ければ幸いに思います。

うなぎは夜行性。大雨の降った晩に
よく採れます。(やなにかかる)
昭和48年8月の終わり、夜10:30頃

旧やな番小屋
当店横には、当時諏訪湖から魚類が他領へ流出するのを防ぐための簗場がございました。そこの名跡に残された由緒ある番小屋に、当店階下の客席として囲炉裏席が設けてございます。やな師が番をした風情漂うお部屋として多くのお客様に愛されております。

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