このヤナ場は、今から約三百年前の江戸時代に諏訪藩の経済政策の一環として始まったもので、諏訪湖から魚類が他領へ流出するのを防ぐための藩主御林の唐沢山から木材・そだ・ふじづる、を無償で払い下げるなど特別の保護策をとりました。
このように各種の特典を与えられていたことは、漁獲量が多いだけでなく栄養価の最も高いうなぎの漁獲が目的で、調理は古来から蒲焼きとするのが普通ですが、自給自足の経済であった当時、保存食としてうなぎ鮨がつくられ、最盛期には年間千匹ものうなぎが献上されたと御用部屋日記記録されています。
ヤナの形式は本流を完全にせきとめる”全瀬締切”で駒沢やな組合のやな師たちによって受けつがれてきた日本で唯一の常設やな場も、諏訪湖治水事業に伴う護岸工事のため昭和49年9月、惜しまれながら姿を消しました。
幸い、この番小屋は関係者の努力で取り壊しをまぬがれた。この由緒ある名所を後世に残し、末永く伝えるために原形を保存する事としたのです。
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